「権力構造」と「自由」

 国家および社会システムにおける権力構造に対して無条件に従属することは、自明の前提であります。このことにより、「自由」は大いなる制約を受けることになります。

 職場における権力構造(上司‐部下、同僚間など)、家庭における権力構造(親‐子、配偶者間、同胞間):

 他者に対して支配、コントロール、批判する役割およびそれに対して順応(従順、反抗)する役割:

 アドラーのいう「権力への意志」:「優越コンプレックス」「劣等コンプレックス」

 権力構造において、優位な立場にある者は、権力闘争を展開して際限なく権力の増大へと向かうこと

⇒ 結果として、悲劇的な結末へと至ること(ネクロフィリア:社会的あるいは生命的な死、脚本役割:「迫害者」「救助者」 → 「犠牲者」)

 劣位な立場にある者は、権力に対して従順にふるまう、あるいは受動攻撃行動(忘れる、遅れる、ミスをする)、無力化する(病気になる)こと

⇒ 結果として、悲劇的な結末へと至ること(ネクロフィリア:社会的あるいは生命的な死へと向かうこと)

 本質自己:役割、対人関係に対してうまく適応する力が前提

 人間存在は、外的世界がどのようであっても、より良くやっていく可能性へとひらかれていること

⇒ 制約を受けながらも、「自由」であること(V.E.フランクル)

⇒ より良い「責任」へと結びつくこと